サラリーマンの息子で育って、ひょんな事からメガネ屋を目指した。私が22歳、tatuyaくんが18歳のとき、東京の下馬の眼鏡学校に入学。午前中は眼鏡学校、昼から私は三軒茶屋の店、tatuyaくんは高円寺の店に勤めた。1時から9時まで毎日が苦痛だった。いらっしゃいませもなかなか言えない。
毎日毎日、ガラスカッターでレンズを切り、かき箱でレンズを砕き、整え。グラインダーでヤゲンを立てる。その練習の繰り返し。30分でどうにかできるようになって、はじめて番頭さんからお客のメガネを作ることを許された。
そのときの興奮とふるえ。どう作ったかもわからず無我夢中で作った。
そのときに使っていたもので残っているものは、このカッターだけです。
タンガロイのカッターもかき箱もノートンのグラインダーも手元には無くなった。
今は全自動の機械がレンズを削ってくれる。
ノートンの砥石の吸い付くような感触は全自動の機械では味わえない。
カッターでガラスのレンズをくいとる時の緊張感やプラスのレンズをメタルフレームに入れるときの緊張感は味わえない。
少しでも大きいとハマグリ君が入ってしまう。ピーンと言う音とともに、それまでの苦労が水泡に帰してしまう。
メガネ作りの中で一番大変だったのは、ロクロでガラスレンズに穴をあけツーポイントのメガネを作ったとき3枚レンズをだめにした。
完成することが出来、それから番頭さんに検眼を許された。
27歳で旭川に戻り今の店をはじめた。
金も無く、店内は大工さんの手作り。
平成3年に大改装して今にいたる。
8月の福井でのメガネ作りは今から楽しみです。
初めてお客様のメガネを作った感動をあじわえそうです。
お客様に感動を与えるお店にすることが目標だったのですが、やっと近づけそうです。プリーマさんにその機会を与えていただいたことを心から感謝いたします。
m(_ _)m
来年の30年に向けて一からスタートです。
絵・書・お茶・メイク・その他・・やることがいっぱいです。
メガネ作りは面白い。楽しんで商売が出来そう。