地元紙のあさひかわ新聞に^o^/~katsundoのコメントが載りました
[:ムード:]あの時、この歌のコーナーに掲載されました。

手紙*岡林信康
私の好きな みつるさんが
おじいさんから お店をもらい
二人いっしょに 暮らすんだと
うれしそうに 話してたけど
私といっしょに なるのだったら
お店をゆずらないと 言われたの
お店をゆずらないと 言われたの
私は彼の 幸せのため
身を引こうと 思ってます
二人いっしょに なれないなら
死のうとまで 彼は言った
だからすべて 彼にあげたこと
くやんではいない 別れても
くやんではいない 別れても
だからお父さん お母さん
私は二度と 恋はしない
部落に生まれた そのことの
どこが悪い どこがちがう
暗い手紙に なりました
だけど私は 書きたかった
だけど私は 書きたかった

大学時代は学生運動で休講になることが多く、また一、ニ年は基礎学だったこともあり、つまらなくて休みがちでした。その頃の土曜日には新宿西口広場で集会が行なわれていました。すぐ近くに住んでいたんです。
その頃だったと思います。岡林さんの「山谷ブルース」を聞きました。
暗いなという印象しかなかったんです。「チューリップのアップリケ」や「手紙」も暗い歌なんですが、心に響いたのが「手紙」でした。
小学生のころから「何のために生きるのか、自分の役割は何だろう」と疑問に思っていたイメージとだぶっていました。そして、人との出会いやつながりを考えたときでもありました。
4年になって、落としていた単位を取り、勉強もしたけど、アルバイトにも精をだすようになりました。
新宿のロマンスカーのハムサンドを一人で担当していました。また晴海で行なわれるモーターショーなどのイベントで焼きそば作りもしました。一回に五十人前ぐらい作るんです。大学を落ちたらコックになろうかななんて考えてた時もありましたから、食べ物作りは苦になりませんでした。美味しそうに食べてくれる姿を見ると嬉しかったですね。
この「手紙」は、私の心の中にある基本ベースは「平和」だということを再認識した曲でもあります。

こんな内容の記事です。
音楽は音痴で・・殆ど歌うことは無いけど・・
聞くのは大好きです。
チョット笑えるネタを・・・
今日のeyewearshop HOKUTOの店頭に掲げているメッセージボードはこんな風です。

少し・・和んでいただけましたでしょうか。笑^^
決して・・私はゴリラではありません。