初代旭川みずほ通商店街振興組合の故佐藤繁雄理事長から頂いた8mmフイルムが多数ある。亡くなられる前、
娘さんの所に引っ越しされ、ある日遊びに来られて・・・
「大川君に預けるから、どのようにしてもいいよ!」と言われた。
その頃から商店街とは、
縁を切った経緯を佐藤さんは知っていたはずなのだが、
何故か私のところに持ってきた。
昭和の年末大売出しの風景等が写されている貴重なフイルムだ。
これをどうしようか悩み中。
市に寄贈するのが一番いいのかもしれない。

佐藤さんの事を書いた日記は→コチラ

【この写真も佐藤さんから頂いた写真 本町の六差路】
344

【旭町2条3丁目 北門歯科、近文市場が写ってる】345

【護国神社前交差点】346

【護国神社前交差点】】347

商店街が法人化して30年の時、
私が編集した小雑誌からコピーした商店街絵図。

市電は昭和5年5月2.57㌔が複線化で開通、11月に春光の6号まで4.06㌔が複線化で開通。
旭川駅から6号まで6.63㌔

【昭和30年ごろのもの、まだ路面電車が走って頃です。大町2条、大町1条。市電は昭和31年6月に廃線。】IMGP4299

【大町1条、旭町2条】IMGP4300

3つの市場、2つの映画館、1つの劇場、1つの酒蔵がありました。
延長2キロにわたって商店がびっしり軒を連ねていました。
旭川市以北の庶民の台所、農産物の集荷場所として賑わっていました。

昨日、久しぶりに来店された旭川市のTさんと
玉響(たまゆら)のカウンターで
街づくりと商店街と個店の話をさせてもらった。

IMGP4007

商店街、街づくり、大学等の教育に関しても、
北海道の価値をもう一度考えながら・・・
世界と競争できるものを持たないと
旭川の明日は無い。

ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、オセアニア・・・日本中から
ゆっくりと買い物するなら旭川、
のんびり時間を楽しみ保養するなら旭川、
世界で通用する教育をうけるなら旭川、
学んだ人材が世界に飛び立ち戻ってくる旭川、
そんな街にしないとね
全国綺麗なだけの金太郎飴のような
なんの魅力もない街は必要ない。

eyewearshop 北斗は小さいながらも
商店街に頼るのではなく、
店内は街の賑わいステーション」 を合言葉に
自ら地域のコミュニティ機能を
店内に作りながら
世界に通用するメガネ店を目指して来た。
これからも歩は遅いけど少しずつ努力して行きます。

そんな話を2時間程coffeeを飲みながら話をさせてもらいました。
楽しい時間でした。
Tさんは年下ですが、
お互い刺激をし合いながら学ばせていただいています。○┓ペコ

では又~
^0^~katsundo